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富士宮に伝わる昔のおはなし

 

木花咲耶姫(このはなさくやひめ)

浅間大社と湧玉池(1)このお話は、遠い遠い昔のお話です。 さあ、出来るだけ遠い昔を考えて下さい。 それよりももっと昔の事です。

(2)天照大御神(あまてらすおおみかみ)から「下界に見えるあの美しい国は、お前がおさめる国なのですよ。さあ、すぐに下界に下りなさい。そして立派におさめるのですよ。」と命じられた天津日高日子番能邇邇芸(あまつひこひこほのににぎ)のみことは、高天原(たかまがはら)から大勢のお供を引き連れて下界に向かって、どんどん下っていきました。そして、とうとう九州の日向(ひゅうが)[今の宮崎県]にある高千穂(たかちほ)の山にお着きになりました。そして、そこから都を定める土地をもとめて海の方に出ました。今の鹿児島県にある野間半島の先端、笠沙(かささ)の岬に着いたのは、ちょうど朝日が海から昇ってくる時でした。邇邇芸のみことは笠沙の岬を都と定め、御殿を建ててお住まいになっていました。

(3)ある日のこと、浜辺を歩いていらっしゃると、まるで春の風にたわむれる様に貝を拾っている、美しい娘に出会いました。 「なんて美しい娘だろう、まるで花のようだ。」 と、お思いになりました。さっそくそばにいき、お尋ねになりました。 「そなたは誰の娘か。」 「はい、私は大山津見(おおやまづみ)の神の娘で、木花咲耶姫(このはなさくやひめ)と申します。」 「ほう、それでそなたに兄弟はあるのか。」 「岩長姫(いわながひめ)という姉がございます。」 話しているうちに、みことはますます姫が気に入りました。 「わたしは邇邇芸のみことである。そなたはまれに見る美しい娘じゃ。そなたを嫁にむかえたいと思うがどうであろう。」 姫は恥ずかしそうにうなだれていました。 「私には何ともご返事できかねます。」 突然の申し出にびっくりした姫はハタと手で顔をおおい、なお、袖の間から赤いほほを隠そうとしました。 「父の大山津見の神にご相談なさって下さい。」

(4)邇邇芸のみことはさっそく木花咲耶姫の父、大山津見の神に 「ぜひあなたの姫を嫁にもらいたい。」 と申し入れました。大山津見の神は大変喜んで、 「それはそれは、おそれ多いことでございます。私には二人の娘がございます。姉の方を岩長姫、妹の方を木花咲耶姫と申します。あなた様はどちらの娘のことをおっしゃっているのでしょうか。」 と、お尋ねになり二人の娘を呼びました。 浜辺で逢った美しい娘の木花咲耶姫が可憐なほっそりとした姿で、みことの前に手をつきました。木花咲耶姫が入ってきたとたんに部屋の中が明るくなったように思いました。 「私が嫁に迎えたいのは木花咲耶姫です。」 とおっしゃいました。大山津見の神は喜んで承知しました。そして大山津見の神は、木花咲耶姫に姉の岩長姫を付き添わせ、沢山のお祝いの品を持たせてお嫁入りさせました。

浅間大社正面(5)ところが、姉の岩長姫は、妹の木花咲耶姫とは反対に、体ががっしりとして、顔もみにくいものですから、邇邇芸のみことは岩長姫を送り返してしまいました。父の大山津見の神は、姉姫がしょんぼりして帰ってきたのを見て、ひどく胸が痛みました。邇邇芸のみことのお使いの者に、 「私が姉の岩長姫を付き添わせてさしあげましたのは、岩長姫がおそばにお仕えしますならば、天(あま)つ神の御子(みこ)のお命は、雪が降り風が吹いてもびくともせず、 永久に岩のようにご無事でありましょうし、 また木花咲耶姫と一緒にお暮らしになれば、 木の花が咲き栄えるように美しく、永久に栄える様にとお祈りしてのことでございます。 岩長姫だけをお返しになり残念でございます。御子のお命は、木の花がもろく散るように、はかないことでございましょう。」重々しい口調で申し上げました。

(6)邇邇芸のみことはその夜、木花咲耶姫と契(ちぎ)りをかわされました。邇邇芸のみことは姫をたいそうかわいがり、楽しい日々が続きましたが、ある時、姫が邇邇芸のみことの御前に参って、 「私は身重になりました。もうお産をする時になりましたので、尊い神の御子でございますから、大切にお産みしたいと思います。」 と、みことに告げました。みことはあまりにお産が早いので、 「姫よ、それは本当に私の子か、私の子ではあるまい。きっと、国つ神の子に相違なかろう。」 「それはなさけないおことばでございます。私が身ごもりました子が、もし国つ神の子であるならば、出産の時、その子は無事に生まれますまい。天つ神の、あなた様の子ならばどんな危険なことをしても無事に生まれましょう。」 といいました。

(7)そして、出入り口のない家を造らせ、みことのとめるのを振り切り、その中に入ると、すき間というすき間をぴったりと土で塗りふさいで、 「どうぞ無事に産まれますように。」 と祈りながら、産屋(うぶや)に火を放ち、燃えさかる火の中で三人の御子を産みました。ところが不思議なことに姫も御子達も無事でした。みことは急いでかけより 「疑ったりして悪かった。どうか許してくれ。」 と自分の疑いの深さを恥じて姫に詫びました。この時にお生まれになった三人の御子のお名前を、火照(ほてり)のみこと、火須勢理(ほすせり)のみこと、火遠理(ほおり)のみこととおっしゃいます。 その後、立派に成長なさり火照のみことは漁が大変得意であったので海幸彦(うみさちひこ)、又、山狩りが得意であった火照のみことが山幸彦(やまさちひこ)といわれるようになりました。

(8)しばらくして木花咲耶姫は、哀れな姉姫が東の国の方にある島の中に、一人寂しく暮らしていると風の便りで聞き、気の毒な姉姫にあって、慰めたいと思い、はるばる姉姫を訪ねて旅立ちました。 東の国に着いた木花咲耶姫は、火を吹いている富士山と、箱根の山や、愛鷹山などに囲まれた所では姉姫のいる島は見えません。 「姉姫様、いずこにおられまするー。」 と声をからして叫んでも、姉姫のところへは届きません。

(9)木花咲耶姫は、火を噴いている一番高い富士山に登ることにしました。 石ころや砂が空から降ってくる様です。その時、姉姫に逢いたい一心が天に通じたかのように、どこからともなく一頭の白馬が山の上から舞い降りて来ました。木花咲耶姫の前に止まり、 「さあ、お乗りなさい、早く早く。」 と、しっぽを振ってせきたてているようです。姫は夢中で白馬にまたがり登り始めました。しばらく登っていくと大きな岩の間に入って動けなくなり、行く先も分かりません。馬の目を見ながら、木花咲耶姫は思案にくれました。ふと物声に頭を上げると、猿が飛びだしてきました。 「キャッキャッ、姫様お手伝いしましょう。」 「ありがとうお猿さん。私をどうか山の上まで連れていって下さい。」 「山の上は火が吹き出て行けませんよ。」 大きな猿がいいました。木花咲耶姫は姉姫の話を猿にしました。 涙ながらに一心に話す姫に、すっかり同情した猿は、 「よし、どんなことがあっても頂上まで行くぞ。」 と、先に立って道案内をしてくれました。木花咲耶姫は 「猿さん、ありがとう。」 と、感謝しながらついてきました。ところが不思議なことに、今まで地なりがして、真っ赤に吹き上げていた火は、姫が登るにつれおさまっていったのです。とうとう富士山の頂上に着くことが出来ました。

浅間大社本堂(10)夜が明けて、朝日が昇り始めますと、辺り一面金色に輝き、思わず姫は手を合わせました。 海の水もきらきら光っています。 「姉姫様、いずこにおられまするー。」 ちょうどその時、雲が切れ、はるか伊豆の島の雲見山(くもみやま)の上に岩長姫が立っていらっしゃる姿が見えました。 島の上に浮かぶ様に見えます。 「姉姫様、姉姫様、お懐かしゅうございます。木花咲耶姫です。」 と、夢中で手を振って叫びました。 岩長姫もこちらへ手を振っておられるようです。 「ああ、とうとう姉姫様にお逢いすることが出来た。」 姫はうれしさのあまり立ち尽くしてしまいました。

(11)突然、ゴーッという地なりがして、黒煙とともに炎が噴き上がりました。その瞬間心の中に突き上げてくる不思議な気配を感じました。 「私は誰だろう。火の中でお産をしても、恐ろしい火の山に登っても、無事でいられるとは。私は水の精だろうか…。私が水の精だとしたら火を鎮めるために神様から授けられたのかもしれない。父、大山津見の神様、どうか私にこの大きな役を果たさせて下さい。」 木花咲耶姫はこの国を守るために、富士山の頂上の火口の中に、身をひるがえす様に飛び降りていきました。 渦巻く煙が姫の体を包む様に見えたとたんに、噴火の炎は消え去り、姫の姿は吸い込まれる様に消えてしまいました。 木花咲耶姫には火を鎮める不思議な力があったのです。

(12)神様の時代から六百年余りの年月がたち、平安時代の初めのころから穏やかだった富士山が、再び恐ろしい山になりました。何回も何回も火を噴く山に、人々はひたすら山の神を拝み、噴火のあさまることを祈りました。帝(みかど)の耳にも届くようになりました。帝は 「富士山に位を授け、山の神として格を上げて拝んでみよう。」 とおおせられて、噴火の際に富士山の格や位を上げて、使者を遣わせて拝みました。しかし、噴火は止まることはありませんでした。 恐ろしい山に、人々は相談しました。 「むかし、木花咲耶姫という神様が、御子も火の中で生んだとか。富士山に登ったら噴火もおさまったとかいうことだよ。」 一番の長老がいいました。 「噴火がおさまれば、最も美しい里になり、住みよくなるだけに、なんとか神様をお迎えしたいな。」 「ともかくみんなで力を合わせ、木花咲耶姫の魂を神様としてまつって拝んでみよう。」 若者たちも口を揃えていいました。里の人はみんな集まって、木花咲耶姫の魂を頂上におまつりしました。すると不思議な事に噴火もおさまり、桜が咲き、雪解け水が小川に流れ、のどかな里になりました。

湧玉池(13)平安時代に入り、みんなが幸せに暮らせるように木花咲耶姫を水の湧く湧玉池(わくたまいけ)のほとりにおまつりして拝むようになりました。 江戸時代になって、徳川家康は大勢の宮大工を集められ、慶長9年(1604年)浅間神社の現在の社殿が立派に建てられました。 二階の神殿の裏には扉を付け、朝な夕な、扉を明けて富士山の山頂におまつりしてある木花咲耶姫を拝むように造られました。 境内には、美しい木花咲耶姫を讃えて、数多くの桜が植えられました。 あちらこちらに雪解け水は流れ、田畑も潤い暮らしも楽になりました。 桜の咲くころは、花の下にむしろを敷いて酒盛りをしながら花に酔いしれてうかれ踊って祝いました。 大小の噴火を繰り返した富士山も、宝永4年(1707年)の大噴火を最後に、眠っているように静かになりました。 やがて昭和の時代になって、富士山本宮浅間大社(ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ)として全国に千三百余社ある浅間神社の総本宮として、本殿は国の重要文化財に指定されました。 また、湧玉池は特別天然記念物に指定されています。神代(かみよ)から二千数百年過ぎた平成の今も、木花咲耶姫をまつる宣言大社に無事を祈願し、六根清浄(ろっこんしょうじょう)と唱えながら富士山に登る人は絶えません。

(14)夏の御神火(ごじんか)祭りでは、山頂奥宮(さんちょうおくみや)からいただいた御神火をかかげて、登山の安全と無事息災を祈願し、また、春と秋には浅間大社の例大祭(れいだいさい)がにぎやかに開かれ、火の神、水の神、安産、子育の神として富士宮市民に親しまれ、山車(だし)や屋台も繰り出しとてもにぎやかです。

(15)世界一美しい富士山と、国の重要文化財である富士山本宮浅間大社は、私たちの誇りであり、美しい木花咲耶姫は憧れでもあります。

 

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